5月31日(6日目)
バラ畑は想像していたものと大きくかけ離れており、バラが咲き乱れるという物ではなく朝のうちに摘み取っているのでバラが咲いていない。少し残るバラの写真を撮ってみました。
ソフィアに向かってしばらく走りシプカ峠(1,150m)に到着した.見晴らしもいいが,歴史的に大きな意味合いがある地だそうだ.つまり1877~78年の露土戦争(ブルガリアはロシアサイド)で,この峠は,『シプカ峠の戦い』と呼ばれる一連の戦いの激戦地だったのだそうだ.1877年,地中海への通路を獲得したいためバルカン地方を狙っていたロシアは,『オスマン帝国に抑圧されている民族を救済』を錦の御旗に掲げ,オスマン帝国に宣戦布告.翌1878年オスマン帝国を撃退し,ブルガリア解放という勝利を得たのだそうだ。しかしあいにくの雨で何も見えません。水牛のヨーグルトを食べました。
朝食後ガブロヴォへバスで行きます。約50kmです。
ディナー
夕食はホテルのレストランで頂きました。チーズとほうれん草のクレープ、米、肉ずめピーマン、デザートはフルーツサラダだったが非常にまずかったのでほとんど食べませんでした。
ホテルにチェックイン
ウエルカムドリンクが出てきました。
イマレットモスク(Imaret dzhamiya)
15世紀オスマン帝国総督の息子シハベティンパシャにより建立されたそうだ.当時周辺はトルコ人居住区でハマムや隊商宿があったあったそうだ.訪れたときは礼拝中でなかったので,礼拝堂内部を覗かせてもらった.正面の一段高い所にミフラーブのある,写真のように比較的質素な造りだ.
バラ製品のお土産物屋さんに立ち寄りました。
カザンラクのトラキア人墓地(Thracian Tomb of Kazanlak)
私たちはドーム型玄室と三角形屋根回廊を持つラキア人墓地に案内してもらった.すぐ隣に本物の保護施設があるのだが,観光客を入れると保護に支障を来すため閉じており,ここにレプリカを作り公開することになったそうだ.本物を見た訳ではないが,言われなければレプリカとは判らないほど精巧にできている(と思う).同行者が手品を子供たちに見せ人気になっていた。
ランチ
バラ博物館(Museum of the Roses)
バラまつりはブルガリア観光の目玉で,やはりその時目掛けたツアーが一番多いそうだ.最近は中国人が多くなっているが,やはりまだ日本人客が一番多いそうである.桜もそうだがバラの花に惹かれる日本人も多いのであろう.
昨日からの雨で川が増水していました。
エタル野外博物館(Etar Architectural-Ethnographic Complex)
ガブロヴォ郊外のエタルにあって,ブルガリアの比較的古い建物を集めて展示している野外博物館.日本の明治村(行ったことないが)のようだという.住宅の他に職人さんの工房も集められ,使われていた道具類も展示されている.
バスにてプロディフへ向かいます。約100kmです。途中バラ畑とバルカン山脈の写真を撮るため写真ストップです。さらにプロブディフのイマレットモスクにも行きました。